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脚光浴びる大規模・複雑システムの新たな開発手法
システムデザイン・マネジメント


[2009/12/03]

 グローバル化が進展し,システムの開発は大規模・複雑化してきた。それに伴い,関係するステークホルダーは,顧客・ユーザーやサプライヤーだけでなく,競合企業,政府,納税者,地域住民など多岐に渡る。企業や事業体には,これらステークホルダーすべての利害関係を考慮しつつ,顧客・ユーザーの課題を解決し,ニーズを満足する解を見出す能力が求められる。こうした大規模・複雑システムの開発手法として,いま注目を集めているのがシステムデザイン・マネジメント(SDM)である。システムデザイン・マネジメントは,顧客・ユーザーの真の課題・ニーズを把握することからスタートし,あらゆる視点に立って全体最適化を図りながら課題解決に導く。2008年,日本で最初にシステムデザイン・マネジメント研究科を創設した慶應義塾大学大学院教授の狼嘉彰氏に,システムデザイン・マネジメントの必要性とその役割について伺った。

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システムデザイン・マネジメントとは何か
 SDMとはシステムデザイン・マネジメントの略です。「システム」とは多くの要素,部品が相互に絡み合って一つの機能を果たすものと定義できます。
 一方「デザイン」は,狭い意味では設計と訳されますが,システムデザイン・マネジメントではかなり広い意味を持っています。設計に必要なさまざまな事項,あるいはステークホルダーを考慮したうえでの設計,それがここで言うデザインです。意匠のデザインとか,機械そのもののデザインとはかなり違った概念です。デザインの第一要件は顧客・ユーザーの満足度です。顧客・ユーザーの満足度を高めるために,あらゆる要素を加味してシステムを設計していくことがシステムデザインです。
 設計したシステムは,実際に構築してオペレーションしなければなりません。最近は,それに加えてシステムの廃棄まで考慮する必要があります。こうしたシステムの構築・運用から廃棄まで,ライフサイクル全体を統括・管理し,顧客・ユーザーの満足度を高めることが,ここで言う「システムマネジメント」です。

いつ生まれたのか
 システムデザイン・マネジメントが,いつ,どこで生まれたか,正確に答えるのは難しいことです。1990年代以降急速に進んだグローバル化がキッカケとなり,1990年代後半辺りからシステムデザイン・マネジメントが頻繁に叫ばれ出しました。その理由を説明する前に,まずシステムズ・エンジニアリングについて触れなければなりません。
 アポロ計画はシステムズ・エンジニアリングの勝利と言われています。アポロ計画の中でPPP(Phased Project Planning),PCM(Project Cycle Management)といったシステムズ・エンジニアリングの手法の多くが確立しました。アポロ計画では,グローバル化とは正反対に,材料からコンピュータに至るまで必要なものすべてを自作し,その中ですべての物事が完結していました。しかも,成功に向け資金的制約はほとんどありませんでした。
 しかし,現在,こうしたプロジェクトを成功に導くには,アポロ計画時代のシステムズ・エンジニアリング手法だけでは不十分です。なぜかと言えば,グローバル化が進んだからです。例えば現在の宇宙開発では,多くのことがオープンになり,自前技術だけでプロジェクトが進められることはありません。ソフトウェアを含め,使える市販品は何でも使います。
 ステークホルダーのグローバル化も進んでいます。燃料の中に地球環境を汚染する有害物質が含まれていないか,税金を払う国民に対する宇宙開発のリターンは何か,といったことまで問われます。国外からは,いまの時期に衛星を打ち上げるのはわが国を探索するためではないかといったクレームまで寄せられます。このように,一つのシステム開発に関係するステークホルダーは急速に広がっています。
 宇宙開発の例で申し上げましたが,ステークホルダーは他の産業でも同じように拡大しています。例えば自動車産業です。自動車は,国によって仕様を変えなければなりません。国際標準や法制,規制も広い意味でのステークホルダーとみなすことができます。国際標準や法制,規制を満たさなければ,企業がいくら良い製品を作っても,海外でその製品を販売することはできません。ここで強調したいのは,拡大したステークホルダーの要求によってシステムの仕様を変えなければならないことです。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長の狼嘉彰教授
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科委員長の

狼嘉彰教授

「始める前に終わりを考えろ」
 システムデザイン・マネジメントはまだ発展途上です。これがシステムデザイン・マネジメントだという明確なものはまだありませんが,レオナルド・ダビンチの「始める前に終わりを考えろ」という言葉は,その真髄を突いていると思います。誰がリスクを冒して投資し,誰がそれを使うのか。システムの開発を支援しようとするステークホルダーもいれば,潰そうとするステークホルダーもいます。また,そのシステムで恩恵を受ける者もいれば,被害を受ける者もいます。レオナルド・ダビンチの言葉は,これらすべてのステークホルダーをあらかじめ考慮しシステムが統合された形を描いた上で開発をスタートせよという意味です。従来からもこうしたことは考慮されてきました。しかし21世紀に入り,グローバル化によってステークホルダーとシステム開発との関係が途方もなく複雑化し,こうした認識が不可欠になってきました。

「森も見て木も見る」,逆に「木も見て森も見る」
 私はよく,「木を見て森も見る」と言っています。この能力を養うことが重要です。日本には「森を見るのは必要だが,詳細を疎かにするシステム・エンジニアリングは役に立たない」という人がいます。そんなことはありません。システムデザイン・マネジメントでは,詳細,例えばシステムを構成するボルト1本まで責任を持つという考え方を取ります。1本のボルトの欠陥であっても,その欠陥を見落としたチェック体制を構築し,人を配置したプロジェクト・マネージャに責任があるとの考え方です。システムデザイン・マネジメントは絶対に詳細を疎かにしません。と同時に大局を捉える眼も持ちます。

システムデザイン・マネジメントが生きるシステムとは
 システムデザイン・マネジメントは,大規模・複雑システムに適用します。デジタル・カメラであっても見方によっては大規模・複雑システムです。金融,行政,法制などの社会システムも,システムデザイン・マネジメントが適用可能な大規模・複雑システムです。
 システムデザイン・マネジメントの適用が難しいのは,定量化が困難な分野です。システムデザイン・マネジメントではさまざまな代案を定量的に評価します。定量化できなければ,その評価が難しくなるからです。

システムデザイン・マネジメントの必要性
 システムデザイン・マネジメントの手法を取り入れる必要性を説明するときに,私は携帯電話で日本が犯した失敗をよく引用します。海外から日本に来た外国人が最初に驚くのは,自分の持っている携帯電話が日本で使えないことです。台湾でも使えた。香港でも使えた。シンガポールでも使えた。その携帯電話が日本で使えないので外国人は驚きます。GSM方式と3G方式の違いで海外の携帯電話が使えないのですが,これは法律で国内の携帯電話機メーカーを守ろうとした結果です。その点では成功を収めています。しかし,ビジネス面での損害は計り知れません。国内の携帯電話機メーカーは海外展開に失敗し,海外メーカーに世界市場を独占されてしまいました。広い意味での法制が犯した大きな失敗例です。
 また,日本企業が中国への鉄道の売り込みに失敗したのもシステムデザイン・マネジメントの必要性を示す一例です。その失敗は,日本企業が顧客の真のニーズを把握しないまま,個別に自社の技術,製品を売り込んだことにあります。日本は車両や信号機,制御システムなど個々の技術は大変優れています。しかし中国が本当に求めていたのは,それらを統合した総合的鉄道システムだったのです。すなわち,短時間で快適に乗客を運べるシステムです。システムデザイン・マネジメントは顧客・ユーザーの真のニーズを把握するところからスタートします。
 こうした例は枚挙にいとまがありません。コンテナ船のハブ港が釜山に移ったのも法制が絡んでいます。釜山港の利点はいろいろありますが,その一つに,積荷の識別にRFタグを利用できることが挙げられます。日本では,特殊電波を割り当ててRFタグを港湾で利用するための法整備が進んでいません。
 日本はローカルに見れば非常に優れたシステムを作っています。ところがグローバルな視点からみると,このようにいろいろな点で問題があります。システムデザイン・マネジメントの手法を取り入れ,グローバルな視点を持っていろいろなステークホルダーの利害を考慮したデザインを行うことによって,こうした問題を未然に回避することが可能になります。

システムデザイン・マネジメントの手法を用いた成功例
 逆に,システムデザイン・マネジメントの手法を用いた成功例として,宇宙航空研究開発機構 (JAXA) が開発を進めた宇宙ステーション補給機(HTV)技術実証機が挙げられます。HTVは,国際宇宙ステーションに長期滞在している宇宙飛行士の食糧や衣類,各種実験装置などを補給する無人の輸送機です。2009年9月11日に技術実証機が打ち上げられ,無事に軌道に投入され,国際宇宙ステーションとの結合に成功しました。このソフトウェアの開発にシステムデザイン・マネジメントの手法が使われました。NASAや欧州の研究機関との複雑なネットワークをマネージして成功に導いたのですが,その中心的な役割を果たした白坂成功氏は本学システムデザイン・マネジメント研究科の招聘准教授です。
 最近,米国Money誌で,システムズ・エンジニアがBest Jobs in America 2009の第1位にランキングされました。これはシステムデザイン・マネジメントのニーズの高さを反映しています。グローバル化によって従来の手法だけではシステムを開発できなくなってきたことを示しています。なぜこれまでの方法が通用しなくなったのか。それは,グローバル化で利害を調整しなければならないステークホルダーが多くなり過ぎたからです。一つの企業のなかで処理できる範囲をはるかに超えて,いろいろな情報を知らなければならなくなったからです。

システムデザイン・マネジメントの手法とは
 システムデザイン・マネジメントとアポロ計画の時代に使われていたシステムズ・エンジニアリングの違いは,分解と統合のプロセスを前提としているかどうかです。アポロ計画で使われたシステムズ・エンジニアリングは分解と統合のプロセスを前提としていません。システムが複雑になればなるほど,システムを要素に分けて要素一つひとつを作り込み,検証して行くことが必要になります。その上でシステムを組み上げて検証します。つまり,品質の埋め込みプロセスと,品質の検証プロセスを対応させたV字モデルを使った分解と統合のプロセスを必ず経ていきます。
 また,システムデザイン・マネジメントは開発初期段階で,顧客・ユーザーのニーズを徹底的に把握することに注力します。そのためにシステム・コンセプトを固めながら,それに基づくコンセプト・オブ・オペレーションを実行します。この段階でどのように使われるのか,徹底的に議論します。それによって顧客・ユーザーのニーズに合致したシステムを完成させます。
 システムデザイン・マネジメントでは,モデル・ベースト・アプローチという手法を取り入れています。モデルは予測のために必要になります。そのための一つのツールとして,例えばSysMLというモデル言語を使います。われわれは,このほかにもいろいろなツールを使います。そうしたツールにどのようなデータを入力するかも極めて重要です。「データのないところに,ツールなし」と言われます。データの解析に最適なツールの探索も行います。ツールの目利き能力も養います。このツールはこういうケースに使えるが,精度を高めるにはこうしたデータが必須であるといった判断ができる能力を身につけさせます。

システムデザイン・マネジメントを普及させるには
 日本人はシステム的なアプローチが苦手で,それを敬遠する技術者が多いのです。日本の技術者は,自分の領域を定義し,それを確実にこなすことが得意です。日本の自動車産業もそうしたアプローチで信頼性を高め,世界でトップクラスに発展してきました。
 そうした中,システムデザイン・マネジメントを日本に普及させるためには二つのことが必要です。一つは,システムデザイン・マネジメントの専門家をできるだけ多く養成することです。もう一つが,システムデザイン・マネジメントを適用したプロジェクトの成功例を作ることです。例えば,システムデザイン・マネジメントの導入によって納期が3カ月短縮されたといったような,誰でも分かる成果を上げることです。すべての人がシステムデザイン・マネジメント的発想を持てるように人材の底上げをしていきたいと考えています。(

:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科が育成する人材像
図:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科が育成する人材像


顧客・ユーザーの視点に立って見直すことによって素晴らしい展開
 最近,下関でコンテナ船と自衛艦の衝突事故が発生しました。この事故に関しては,韓国船の船長と管制官とのコミュニケーション不足が指摘されています。これもシステムデザイン・マネジメントの研究対象になります。韓国船の船長が管制官の指示通りに動かなければならないと勘違いしたことが衝突の原因の一つであると報道されています。こうした事故を防ぐには,ヒューマンファクタとくに顧客・ユーザーの視点に立つことが不可欠なのです。
 私は,考え方を変えることによって日本には大きなチャンスが生まれると考えています。日本が行き詰まっている原因は自らが作り出した閉塞感にあります。顧客・ユーザーの視点に立って見直すことによって素晴らしい展開があり得ると考えています。

(宮崎信行=テクノアソシエーツ)


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