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3Dが後押しするドライビングシミュレータの進化
覗き込めば路地の先まで見通せる仮想空間


[2010/03/25]

 「一般的なドライビングシミュレータでは,ディスプレイに表示される映像の視点位置は固定されています。しかし,3D没入型ドライビングシミュレータは,ドライバーの視点の動きに応じて,投影する立体映像をリアルタイムで変化させることができます」。こう語るのは,慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の小木哲朗氏である。小木氏は,同研究科教授の西村秀和氏とともに,安全運転教育用途を想定したドライビングシミュレータの研究開発を進めている。
 利用者の視点の動きを検出して立体映像を変化させることができる3D没入型ドライビングシミュレータは,現実に近い運転状況を再現できるため,教育効果の向上が期待できる。例えば,ドライバーが見通しの悪い交差路に差し掛かった場合,前方に身を乗り出すことにより,視界が広がり周囲の安全確認がし易くなることが実感できる。今後,西村氏と小木氏は試作機の評価を進め,3D没入型ドライビングシミュレータの実用化を目指す。


視野全体をカバーする3D没入型ディスプレイ

 慶應義塾大学の研究グループが開発を進める3D没入型ドライビングシミュレータは,ディスプレイが正面,左面,右面,床面の4面で構成される。それぞれのスクリーンの大きさは,たたみ三畳分ほどである。運転席は,4面のスクリーンで囲まれた空間の中に配置される。利用者が3Dメガネをかけて運転席に座ると,視野全体に立体映像が広がる。運転席の前方には,車のボンネットが,左右にはサイドミラーが浮かび上がる。アクセルを踏み発進すると,視野全体に広がる映像が後ろに流れていく。

 3Dメガネには,磁気センサーが埋め込まれている。これにより,ドライバーの視点の動きを空間位置3自由度と回転角3自由度の合わせて6自由度で検出する。検出された視点位置はコンピュータに送られ,視点位置に対応した映像がリアルタイム生成される。試作機では,映像のレンダリングは,1スクリーンにつき1台のコンピュータが使用される。ポリゴン表示能力は,おおよそ2.5億/秒。コンピュータは,レンダリング用4台と制御用1台の合計5台を使用する。レンダリングされた映像は,円偏光フィルターを通して液晶プロジェクターからスクリーンに投影される。スクリーン1面で,左目用と右目用の映像にそれぞれ1台ずつプロジェクターを使用する。


現実をリアルに再現するためにモデルを構築

 表示系の工夫に加え,西村氏らはハンドルを切ったときのタイヤ反力や急ブレーキを踏んだときに作動するABS(アンチロックブレーキシステム)の効き方など操作系においても,実車に近い感覚を3D没入型ドライビングシミュレータに再現する。シミュレータには,車両慣性,位置・速度,路面摩擦,タイヤ性能,EPS(電動パワーステアリング)やABS制御アルゴリズムなどを含む車両モデルが構築され,ドライバーの各種操作に対するシミュレータの出力が計算される。出力はハンドルやブレーキに搭載されているアクチュエータを通じ,ドライバーに反力として返される。シミュレータの出力は,ディスプレイにも伝えられ,映像との同期がとられる()。

 ドライバーの運転操作やトレースされた視点の動きは,データベースに蓄積される。このドライバーの行動データは,運転の安全性との関係が分析される。これにより,優良ドライバーや事故リスクの高いドライバーに特徴的な行動を抽出して安全教習に役立てたり,シミュレータの利用者に具体的な改善アドバイスを与えたりすることが期待される。ドライビングシミュレータによる行動解析は,「将来的には自動車メーカーなどでの車両開発段階における機能評価にも応用可能性が広がる」(西村氏)という。


図:3D没入型ドライビングシミュレータの構成(資料提供:慶應義塾大学 西村秀和氏)
:3D没入型ドライビングシミュレータの構成(資料提供:慶應義塾大学 西村秀和氏)


増加傾向にある高齢ドライバーの死傷事故

 慶應義塾大学の西村氏と小木氏が3D没入型ドライビングシミュレータの研究・開発を始めたきっかけは,東京海上日動リスクコンサルティングからの相談だったという。日本の死亡事故件数は年々減少しているが,65歳以上のシニアドライバーが関係する死傷事故は増加している。加齢により視覚や身体機能が衰えると,ドライバーの安全運転能力は低下することが知られている。一般的に運転に必要な情報の80%は視覚から収集されると言われている。視覚の老化が始まると,距離を把握する深視力,外部の明るさの変化に対して視覚を調節する明暗順応力,視野の広さなどが衰えてくる。また体が硬くなると,首を振ったり体を動かしたりする必要のある安全確認が雑になる。

 現在,日本の運転免許保有者数は,約8,000万人。このうち65歳以上の運転免許保有者は約1,100万人,40歳から64歳までの免許保有者は約3,700万人。日本は高齢ドライバー社会の入り口に立っている。加齢により安全運転能力が低下するドライバーが,高齢ドライバーとなっても,今後とも安全に車に乗り続けられるためには,継続的なトレーニングを受講して,安全運転能力を点検するとともに,適切な安全運転習慣を身に付けることが求められる。そうした社会的な仕組みが実現されれば,高齢ドライバーが関係する交通事故は減少し,高齢ドライバーの自動車保険料率も下がるかもしれない。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の小木哲朗氏(左)と,同研究科教授の西村秀和氏(右)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の小木哲朗氏(左)と,同研究科教授の西村秀和氏(右)

 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科は,2008年4月に開設された比較的新しい研究科である。現代の社会が抱える技術的課題や社会問題をシステムとして捉え,課題解決に向けた方法を学際的に研究する。
 3D没入型ドライビングシミュレータを共同で研究する小木氏はディスプレイ技術の専門家で,西村氏は制御技術の専門家である。この二人が,東京海上日動リスクコンサルティングからの相談をきっかけに共同研究を立ち上げた。西村氏と小木氏の研究は現在,試作機を完成させ行動データの蓄積を開始する段階にある。今後1年間をかけて,3D没入型ドライビングシミュレータでのドライバー行動と実車観察でのドライバー行動との比較・評価などを行う。今春,共同研究先の東京海上日動リスクコンサルティングからは,企業派遣学生が後期博士課程に入学する予定である。西村氏と小木氏のグループは,新しいメンバーを迎え,研究を加速させる。

(白石泰基=テクノアソシエーツ)


慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 ホームページ
http://www.sdm.keio.ac.jp/top.html

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 小木哲朗研究室
http://lab.sdm.keio.ac.jp/ogi/

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 西村秀和研究室
http://lab.sdm.keio.ac.jp/nismlab/


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